acup_p.gif (1121 バイト)Aかっぷ倶楽部慰安旅行 ぺるー編

宇宙人にあえたらいいねナスカの砂漠と
高山病であたまもクラクラ 死ぬ気で4000メートル インカ トレイル ペルーな旅

日記

写真集

日程(10月9日〜26日 17日間 ナスカ、クスコ&マチュピチュ
9日 午後、CX(キャセイ)にて台北→香港→ロス。時差のおかげで出発した時間にロス到着。ロス泊。時差ボケで眠れず。
10日 昼AA(アメリカン)にてロス→マイアミ→リマ。
11日 朝5時ペルーの首都リマ着。早速ナスカへ移動。車をチャーター。途中は180度砂漠。乾燥した大地にときおりオアシス。道路沿いには、ペルーの飲料水「インカコーラ」の看板がやたら目に付く。どんな飲み物なんだろうと気になって仕方がない。
昼イカで休憩。早速「インカコーラ」を飲む。午後ナスカ着。ホテルナスカに飛び込みチェックイン。クラッシクでナイス(^^)
一休みしてからナスカの地上絵を見るためセスナ搭乗。「貴方はここよ」と指定されたのは操縦席の隣のシート。旋回するセスナに酔ってしまって、ホテルに戻るとトイレ直行(笑)。
12日 朝、市場でごはん。その後郊外の古代遺跡や墓地見学。メジャーな遺跡は現地のツアーに便乗。しかしどうしても行きたいマイナーな遺跡があり、ここは車とガイドをチャーター。途中から「運転させてくれ」といったら快く席を譲ってくれた。ちなみに車は70年代のアメ車。ぼろぼろ。自分で運転してもガイド料は安くはならなかった。深夜、夜行バスにてナスカからアレキパへ移動。バスは、予約しなかったため席がなかったのだが、先のガイドが交渉して無理矢理乗せてくれた。ありがとうm(__)m
13日 朝、アレキバ着。一日中街をぶらぶら。クスコは朝晩寒いらしいので、アルパカ100%のジャケット購入。超破格。
夜8時。夜行列車にてクスコに向かう。深夜列車の中で高山病に苦しむ。
14日 朝ユリアカ着。クスコに行く列車に乗り換え。しかしクスコ行きがストで運休。高山病で苦しいので長距離バスに乗る根性はなく車をチャーター。クスコへ向かう。
クスコへ向かう幹線道路がストで全部閉鎖。ドライバーがいろいろな抜け道を探すが見つからず途中立ち往生。クスコ着は日暮れてから。しかしクスコの夜景は見事。クラッシクなホテル インカに飛び込みチェックイン。広場を見渡すテラス付きの部屋が開いているというのでゲット。大満足(^^)しかし高山病による頭痛は続く(-_-;)
15日 高山病にいいというコカ茶を飲んだおかげで、高山病からほぼ回復。ぶらぶらしていたら市場を発見。アンデスのばーさんがいっぱい。言葉は通じなくてもやりとりは楽しい。その後道でばったり日本人に会う。日本語1週間ぶり。
16日 市内をぶらぶらする。さすが南米最大の観光地。中心部はゴミ一つおちていない。英語もよく通じる。午後、クスコ郊外の遺跡めぐり。遺跡で、リマから来たという小学生とその保護者の団体に会う。彼らが初めて会う日本人ということで一躍人気モノ。日本人は本当にウケがいい。ありがとうフジモリ大統領。
17日 その後更に偶然会った日本人パッカー達5人とタクシーをシェアし、クスコ郊外にある遺跡と、マーケットで有名な街へ足を伸ばす。遺跡はみごとだが、道のりが険しく、標高が更に高いためちょっと歩くとすぐ息切れ。マーケットで職場へのお土産を購入。ぶらぶらしていたら、先日アレキパの修道院で会ったオランダ人に偶然ばったり。互いに高山病の話でもりあがる。
早めにホテルに戻って明日からのトレックの準備。
18日 インカトレイル
(クスコ→マチュピチュ)
初日 朝、バスでトレックゲートまで移動。日本人・ドイツ人・アイルランド人・スペイン人・ブラジル人・アメリカ人総勢15名の多国籍軍。他にポーター・料理人・ガイドが約10人。昼前にスタート。いきなり坂道。すでにグロッキー。山の夜は早い。キャンプサイトに電気は一切なく、トイレはビニールシートで囲いをし穴を掘っただけ。
あしたのために寝るべし、寝るべし。
19日 2日目
朝起きたら、ニューヨークから来たというカップルがリタイアを表明。この2人、他の連中とは一線を画し、始終都会的な雰囲気を崩さずにいた。「みなさんにお会いできて嬉しかったわ」と言うが、心の中は「あんたたち、獣よ」。その証拠に、目はちっとも笑っていない。
2日目は一番ハードなコースで標高4000メートルまで登る。途中でガイドが音楽を奏でてくれた。山にこだまするその素朴な音に思わず、涙。
最高地点にて太極拳のものまねをしていたら西洋人の間から思わずため息。「ぶらぼー!」だって。西洋人を騙すのは簡単である。
20日 3日目 ハードなのも今日まで。途中、インカの遺跡がちらほら。圧巻。
トレック最後の夜。ポーターと料理人はマチュピチュまでは行かず、ここで山を下りる。全員感謝一杯。みんなでチップを集め、渡す。
夕食後、他のグループやガイドも混り、深夜までばか騒ぎ。ここのキャンプサイトには売店があり、ビールが買える。但し高い。ペルー人ガイドのサルサのうまさには舌を巻く。多国籍軍にイタリア人やイギリス人も混じりわけわかめ。盛り上げ役だったイタリア人たちに敬意を表し、オソレミオをイタリア語で歌ってあげて大ウケ。イタリア人の中に超好みの男性がいたのだが、彼が英語が出来ず、おとすに至らず(-_-;)チッ。おとなしく就寝。
21日 4日目 朝4時起床。日の出に照らされたマチュピチュを見るため、まだ暗いうちに出発。
7時マチュピチュを望む峠に到着。眼下にマチュピチュを見る。万歳三唱。

その後マチュピチュ見学。
夕方、ヘリでクスコに戻る予定だったが、ヘリが満席で急行電車で戻ることに。しかし、その列車がストで運休。ローカル列車に乗ってクスコに戻る。大混乱の切符購入も、ガイドが見事な腕を発揮し、席もget。我々のガイドは最高だった。駅で多国籍軍の記念撮影。現地の人達が珍しそうに我々の写真を撮る。わしらは動物園の猿かい。他にもいろいろなトレックグループがあったが、我々が始終一番盛り上がっていた。途中の街で電車を降り、バスに乗り換え。夜10時クスコ着。久々のホットシャワー、ホットタブ。肌ぼろぼろ、全身疲労困憊。
22日 午前、最後のクスコを堪能。ちょっと感傷的になる。

昼クスコ発リマ着
泊まってみたいと思っていたホテルに飛び込んでチェックイン。交渉して4割引き。超クラッシク&ゴージャス(^^) リマ市内をぶらぶら。Tシャツを買ったら「Made in Taiwan」だった(-_-;)シマッタ

夜は町中で食事。「インカコーラ」を頼んだら、「インカコーラ」のロゴ入りグラスだったので「売ってくれ!」と交渉。2個ゲット。しかし、どこにいっても日本人はウケがいい。リマは、物騒な感じはしないが、警察がそこらじゅうにたっていて「時計ははずしなさい。腕ごととられますよ」と注意される。

23日 帰国の途へ。早朝リマ発。リマ→マイアミ→ロス→香港→台北。トランジットに各空港で2−3時間待機。あとはひたすら飛行機乗りっぱなし。アメリカン航空はビーマンと張るレベルの低さ。機内食のおかわりに快く応じてくれたビーマンのほうがまだましか。アメリカ系のエアラインのメリットは、オーバーブッキングのボランティアが頻繁に出来ることぐらいだろう。つまり時間的に余裕がないときには何のメリットもない(-_-;)
時差の関係で24日がなくなった。26日午前、台北着。お土産に買ったワインが割れていた(-_-;)
24日
25日
26日

 

 

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