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2004筑波スーパー500km耐久ロードレース(その2)
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さて、レースの話。
まず今回のレースのライダーとクルー達についてである。
ヒラタさんって、15年ぐらい前はけっこー名を馳せた有名な全日本ライダーだったんだってさ。サーキットなんか歩いてると「お、ヒラタだ、ヒラタだ」って遠巻きに見られてたらしいんだよね。 あたくしは「お、ヒラタだ、ヒラタだ」ってうしろゆびさされてるヒラタさんしかしらんからなぁ・・・
ふつうの人はあんまりつけない蛍光ブルーのキャリパーで一躍有名になったCB1300のほらげっちから聞いた話。ほらげっちがまだレースで予選通過するのがいっぱいいっぱいのかわいいライダーだったころ、ヒラタさんがピットにバイク移動するの手伝ってくれたことがあったんだって。 「ををを!ヒラタさんが俺のバイクを!なんておそれおおいっ!」 と、感動した話を遠い目をしながらほらげっちは話してくれた。
しかしすぐ目を伏せて「それがいまじゃあんなんなっちまって・・・」と、ぼそっと言ったのをあたくしは聞き逃していない。
ま、かくいうほらげっちも、予選をいっぱいいっぱいで通過していたかわいいライダー時代の面影は、今となっては残念ながらきっとどこにもないに違いない。
ちなみにほらげっちはクルーとして2日間お手伝い。この日のために長かった髪をスポーツ刈りに刈り込んでの意気込みようです。 レースではピットに入ってきたバイクのフロントタイヤをボードで止めるお役目。いわばストッパー、ま、下痢止めみたいなもんでしょうか。
ライダーのブンゲンさんは今でもあちこちのレースでてるから、不愉快な仲間たちの中ではやっぱり一番はやいんだけど、ブンゲンさんが参加した夏の一泊ツーリングって大変だったんだよね・・・。
普通アオヤマさんとこのツーリングはいくつかにグループ分けするんだけど、ブンゲンさんはちーともいうこと聞かなくて、対向車線逆走するわ、一般道にブラックマーク残しまくるわで、同じグループのリーダー・コマツバラ隊長の苦労は押してはかるべし。隊長はブンゲンさんのあとをおいかけ周りに頭を下げながら 「ぐわーっ!俺の青春を返してくれーっ!」って半べそかいてたって話さぁ。
今回コマツバラ隊長もクルーとして手伝いにきてたけど、コマツバラ隊長のブンゲンさんを見る眼にキラリと光るものがあったのをみのがすほどあたくしも間抜けじゃない。正直コマツバラ隊長がひそかに復讐するんじゃないかって気が気じゃなかったね
今回ブンゲンさんがうまく完走したってことは、コマツバラ隊長、細工のタイミングを逃したに違いない。
(つづく)
2004年11月15日(月)
No.159
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